誕生日

誕生日だった。ついに30歳になってしまった。誕生日を迎えた人はみんなどう思うんだろう。特に30になったときは何を思うのだろう。

去年、一昨年あたりはとても焦っていたように感じる。転職のことも考えていたから、30になる前に確実に成果を残そうと必死だった。それでコンペにも出したし、音楽も続けたいと作品を残すことに拘った。結果、コンペは少しだが引っ掛かり、音楽は満足できるほどではないが、作品をいくつか残せた。

世間には人生は20代で決まる、みたいな言説が溢れている。とやかく三十路が近づくにつれそういった文言が目につくようになっただけかもしれないが。それのせいもありかなり焦った。

しかし焦りはよくない。結果として付け焼き刃になるのを身に沁みて感じた。

そもそも大学を出たのが25になる歳で、社会に出てから20代が終わるまでに5年しかない。つまりその言説は、大学の頃から余命考えとけ、ということと、あと5年で勝負を決めろ、ということに他ならない。そんなことあるか。まあ5年で人生変わったけども。

そうやって遡ると、結局大学の影響がめちゃでかいな、となる。実際、周りを見渡すと同分野には一定の界隈の大学出身者がなぜか多い。し、彼らは大学の頃から仲間になっており、地方の大学でぼんやり過ごしていた(それが悪かったと言われたらおしまいとわかりつつ)自分はやはり地域格差をどうしても感じてしまうのだ。

話が偏ってきたが、確かに20代は10代よりも濃厚な時間だった。大学の6年間は音楽に浸かりながら創作について考えたり、パートナーにも出会えたし、考えが変わるような作品にも多く触れられた。前職での5年間は、それこそ前述のような東京の学生のノリやカルチャーだったり、全く違う広告という分野の中でいかに良いものを、良い成果をあげるかということを考えられた。

大学ではよい音楽を作りたいと必死だった。いまはクリエイターやプログラマの中でよい作品を残したいと必死になっている。環境は変わっても、作品が大事だというスタンスは大きくは変わっていない。変えられていないともいえる。

良いものとは何か。作品とは何か。それについての感覚は徐々に変わってきている。社会にとって良いものと、自分にとって気持ちいいものは違うということ。もう、自分には世間に広まるような音楽は作れない。それでも音楽を止める気にはなれない。だから純粋に自分だけのためにやりたい。一方でプログラマとしては何故か存在を求められる。であればそれを使って社会に貢献する術を考えるか、多少なりとも。というスタンス。投げやりに聞こえるが、その逆だ。

そういう考えに至ったという点で、確かに20代で人生決まってしまったのかもしれない。けれども変化はこれから先いくらでも起こるだろうと思う。20代で人生決まるよ気をつけて、という言説はきっと、家族や子供のことを考えるとどんどん自分の時間が取れなくなり思うように動けなくなる、ということが言いたいのだろう。

でもそういった家族や子供との生活も皆一様なものではない。それにどうしたってネガティブなものと捉えるべきではない。自分のための時間が少なくなることによって良い方向に転がる人生もある。というかそんな刺激的なことがあったら見えないものが見えてくるに違いない。誰に、他の人の人生を決定論的に述べる権利があるのか。

と、今は割と前向きな気持ちだ。20代が10代よりも濃厚だったのは、色々な人とぶつかり合って、色々な体験ができたからだ。30代を20代よりも濃厚にするために、またたくさんの人たちと体験を共有していきたい。