SNSに馴染めない

最近SNSをほとんど見なくなった。気付いたらTVも、一度部屋のレイアウトを変更するために一時的にコンセントを抜いてから、ずっと電源をつけていない。

もっぱらGoogle Nest Miniのニュースや、Podcastの好きな番組で情報を得ている。

で、久しぶりにTwitterを開いたら、向こう側から積極的に介入してくる感じがしてちょっと途方にくれてしまった。割合でいうと欲しい情報30%くらい。ただ残りの70%の中にも面白い内容はあって、それのせいで時間が融けてしまう。

SNSのその70%からのセレンディピティというか、思いがけない発見の機会が失われてしまうのが怖くて退会するのは難しいな、と書こうと思ったけど、正直、発見の機会なら本でもPodcastでも大差ないと気付いて悲しくなる。

そもそも日常の中の機微が重要なのであって、日常と非日常が融けているSNSの中にそういった高尚なものを求めるのがどこかズレているのかもしれない。

SNSが他のメディアと異なるのは情報のリアルタイム性や、編集の有無、双方向性。この3つの事項を考えると、人との対面コミュニケーションそのものな気がしてくる。

コミュニケーションが大事、と言われる中で、SNSでエンパワーされた過剰なそれや無意味なそれに疲れてしまっている気がする。TikTokを開いた時にウッとなるのは、情報の作り手が必然的に、受け手を過度に意識したコンテンツばかりが並んでいることで、さらに言うと、自撮りなどで自分を曝け出すことも厭わない人々が、最終的に持ち上げられている構図が甲斐見えるからなのだと思う。

勿論、動画というフィルターを通してある意味自分自身を『キャラ化』することで、アイデンティティを確立しているという人も多いわけで、そこにとやかく言えることではないのだけど、やっぱりウッとなってしまうのは、世代が違うからなのだろうか。

TikTokにコンテンツを上げられなくて、でも悶々と別なことをやっている若者の話が聞きたい。